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福岡高等裁判所宮崎支部 平成5年(く)11号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、抗告人が差し出した抗告状及び抗告理由書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

右抗告趣意第一(審理不尽)について

所論は、要するに、原裁判所は差戻しを受けた本件につき改めて少年や附添人の問題意識に即応させる形で事件を全面的に見直し、慎重な審理を尽くすべきであったにも拘わらず、第一回の審判期日において何ら実質的な審理をすることなく終結し、即日原決定を言い渡しているものであって、決定に影響を及ぼすべき重大な審理不尽を犯している、というのである。

なるほど、原裁判所は、差戻しを受けた本件について、平成五年五月一一日第一回の審判期日を開き、少年に非行事実を告知してその陳述を聴取したほか若干の発問をして応答を得たうえ、列席した附添人及び少年の保護者(両親)の陳述を聞いたこと、その中で附添人は、各強制わいせつ未遂被害者の犯人識別供述の信用性につき、心理学者をして被害児童らの記憶力ないし記銘力等について鑑定実験を行わせる等の立証を予定しているほか、事件当時の少年の髪型について理髪店主を証人として申請することを考慮する余地もあることを理由に審理の続行を求めたこと、しかし、原裁判所は、前記保護者(両親)の陳述を聞いて審理を終え、引き続き少年に対し、その面前で原決定を言い渡して告知したことが記録上明らかである。

しかし、抗告裁判所が差戻し前の原決定(以下、「旧原決定」という。)を取り消した理由は、旧原決定の審理不尽や重大な事実誤認にあるのではなく、旧原裁判所が送致を受けた非行事実の全部を認定しながら、決定書にその一部の非行事実及びそれに対する適用法令の記載を遺脱した違法があったことにあるのであって、差戻し審に特定の点につき再度審理を尽くすべしとしたものでも一定の証拠調べを行う義務を負わせたものでもなかったこと、しかして、家庭裁判所における少年事件の審理は裁判所の合理的な裁量に委ねられているものであるところ、そのことは少年や附添人から証拠調べの申し出がなされた場合にも当てはまり、その証拠調べの要否等は挙げて裁判所の合理的な裁量に委ねられているものであって、所論の如く差戻しを受けたとはいってもその理由が右のようなものである本件においては、第一回の審判期日に前記認定にかかる程度の審理をしただけで審理を終結し、即日少年を中等少年院に送致するとの決定をし、その旨告知したからといって直ちに審理不尽となるものでないことは多言を要しないところである。論旨は理由がない。

右抗告趣意書第二(違法な身柄拘束)について

所論は、要するに、原裁判所は、本件の差戻しを受けた後の平成五年四月二八日少年に対し少年鑑別所に収容する観護措置をとり、同年五月一一日までの一四日間これを継続したが、これは、少年に対する観護措置は、通じて四週間を超えることができないことを定めた少年法一七条六項に違反しているうえ、そもそも現行少年法上抗告に理由があるとして事件が差し戻された場合に少年の身柄を拘束しうることを定めた明文規定は存在しないのであるから、憲法三一条、三四条、四一条に違反し、これが決定の内容に重大な影響を及ぼすものである、というのである。

そこで判断すると、その主張からは、所論の如き観護措置(身柄拘束)の違法自体がいかなる意味において決定に影響を及ぼすのか必ずしも明らかではないが、保護処分の基礎となった非行事実を認定するうえで決定的な証拠となった少年の自白が違法な観護措置中これが原因となってなされた場合など右の如き違法が決定の理由、ひいてはその主文に影響を及ぼす余地があり得るので以下検討を加える。

まず、当裁判所は、家庭裁判所が抗告審から先に観護措置がとられていた事件の差戻しを受けた場合、改めて少年法一七条一項に基づき、同項二号の観護措置をとることができるものと解するのを相当とするが、そのことは、同条三項ただし書において、「(家庭裁判所は、)検察官から再び送致を受けた事件が先に第一項二号の措置(観護措置)がとられ……た事件であるときは、収容の期間は、これを更新することはできない。」と定めていること、つまり、家庭裁判所が右のような再送致、同法五五条による移送、あるいは、本件のように抗告審からの差戻しなどを原因としてある事件を受理した場合、その事件について先に観護措置がとられていても改めて観護措置をとりうることを前提にして、特に再送致を受けた場合などにつきその更新を制限する旨定めていることからして明らかである。また、このことは差戻し前の当該事件について既に四週間の観護措置をとられていた場合にあっても同様であって、原裁判所のとった観護措置に所論の違法はない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、論旨は理由がない。

右抗告趣意第三(事実誤認)について

所論は、要するに、原決定は、その認定にかかる非行事実中3及び4の各強制わいせつ未遂について、少年の司法警察員に対する自白調書の任意性を否定しながらも各被害者の捜査官に対する供述調書などに基づいて右各事実を認定しているが、右被害者らの犯人と少年との同一性に関する供述部分には信用性がなく、他に少年が犯人であることを認めるに足りる証拠はないのであるから、原決定には、決定に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある、というのである。

そこで、まず被害者Aに対する強制わいせつ未遂事件について検討する。

所論は、Aの捜査官に対する供述調書中犯人識別供述部分は、犯人目撃時間が極めて短く、かつ目撃条件も良好でなかったこと、被害当日Aが犯人の容貌上の特徴として述べた内容は少年を特定しうる程の具体性、個別性を有していないこと、写真面割りは、その時期、方法に格別問題がない場合でもその事自体が被害者に対し、与えられた多数の写真の中からどうしても一枚を選び出し、その者の処罰を求めさせようとする暗示を与えることが不可避であること、さらに、捜査官がAを少年に個別面通しさせた際少年に犯人が着たと思われるような服装を着させたことでAに対しより一層犯人が少年であるとの強い暗示を与えたことなどに照らし、信用性がないと主張する。

まず、目撃状況について検討してみると、記録によれば、Aが犯人の顔を見る機会があったのは、〈1〉被害現場ビル四階で犯人の乗っていたエレベーターに乗り込んだとき、〈2〉二階でエレベーターから降ろされ、二階と三階の間の階段踊り場まで連れて行かれ、そこで犯人と向き合い、一時開放してくれることを懇請したとき、〈3〉三階に駆け上がったところで、踊り場から二階へ降りていく犯人を見たときの合計三回であること、そして、右〈1〉の機会におけるAの犯人に対する印象は「エレベーターの真ん中の奥にドアの方を向いて立ったまま両手をジャンパーのポケットに入れ、ポケットの中でゴソゴソさせている今まで見たことのないおじちゃん」という程度のもので格別印象的なものではなかったこと、しかし、Aは、間もなくエレベーター内で、犯人から、いきなりその背後から左手で口などを塞がれ、そのまま二階で押し出されるようにしてエレベーターを降ろされ、同階の通路を経て三階へ上がる階段の途中の踊り場まで連れて行かれたものであるが、同所において口を塞がれていた手を離されてから犯人に対し、「大事な話がある。」「大事な忘れ物をしたから取りに行かして。」と何回も懇願し、漸く犯人から「ちゃんとここに戻って来るんだぞ、俺のことは誰にも言うな。」とその場を離れることの許しを得たというものであること、Aは、この被害に会う前、教師や母親から近くのJ小学校で女子児童に悪戯するおじさんがいるから気を付けるように注意されていたが、このおじちゃんがそのおじさんだろうと思い、何をされるのか分からない恐怖におののきながらも咄嵯に悪戯されないようどうにかしてこの場から逃げ出そうと考え、右のような行動に出たものであり、また、この会話の間Aは犯人と向かい合いながらその目を見ていたこと、更にAは、右〈3〉のとおり踊り場から三階へ駆け上がったところでわざわざ後方を振り返り、踊り場から二階へ降りて行こうとしている犯人をその正面やや左斜め上方から見下ろすようにして見たものであることが認められる。これによれば、右〈1〉の機会こそ特別Aの注意を引くようなものであったとは言い難いものの、右〈2〉及び〈3〉の機会は極めて印象的で犯人の顔面、頭髪などの特徴がAの記憶に鮮明に残るべき状況であったということができる。そして、現にAは、わずか一〇歳の少女とは思えないほど機転を働かせて行動し、決して長い時間ではないものの、極く間近にしかも十分犯人の容貌等を目撃、観察するに足りる機会を持ったものということができる。なお、現場はいずれもAが犯人を観察するに十分な明るさがあり、Aの視力、能力にこれを妨げるような事情のなかったことが明らかである。次に、Aは、被害当日捜査官に対し、犯人の容貌上の特徴として所論指摘のような五項目を挙げたほか、着衣の特徴としてチャックが前の中心についた鼠色のジャンパーを着ていた旨述べたことが認められるところ、これらの特徴からだけでは少年に特有なものとしてその同一性を肯定できる程の具体性、個別性を持つとは言い難いこと所論のとおりであるが、Sの司法警察員に対する供述調書に添付されている少年の平成五年一月二一日現在の写真に徴すると、少年の顔面、頭髪の特徴を良く捉えていると評価でき、相応の具体性、個別性を持っているということができ、供述者が一〇歳と約五か月の小学生であることを考慮すると尚更その感を強くする。しかして、捜査側は、現場から約四〇〇メートルの所に父母宅があり、犯行の手口、態様からしてその前年に三回にわたる小学生女子児童に対する強制わいせつないし強姦未遂で検挙したことのある少年を割り出すとともに、少年と面識のある警察官が本事件の翌日少年がAの供述するようなボサボサ頭でグレーっぽいジャンパーを着てK市内のデパートで買い物をしているところを現認した旨の情報を得たことから、事件の三日後にK中央警察署の鑑識係が保管中の少年の写真と他の事件の被疑者として撮影した人間の写真合計一四枚を用いて写真面割りを行ったこと、その際捜査官がAに対し、「これらの写真は前に少女わいせつをした者ばかりを集めたものだ。」などとほのめかしたり、あるいは、「犯人は必ずこの中にいる。」などと暗示めいたことを言ったことはなかったこと、これらの写真を見たAは、一〇枚目にあった少年の写真を見て、「目がこんな一重目で眉も濃く、鼻や口、顔形もそのままです、髪はもう少しボサボサした感じでしたが大体こんな形でした。(犯人は)この写真のおじちゃんに間違いない。」と供述したことが認められ、これによれば、右写真面割りがAに対し所論のような暗示を与え、その記憶を変容させたり、あるいは、変容した記憶を固定化させたりしたと疑うに足りる事情のなかったことが窺われる。このことは、Iの検察官に対する供述調書及び旧原裁判所における証人Aの証言によって認められるとおり、Aは右一四枚の写真による面割り手続きを受ける以前の別の日に他の四枚の写真による写真面割りをする機会をもったが、そのときには何ら躊躇することなくそれらの写真の中には犯人はいない旨答えていることからしても窺い知ることができる。さらに、捜査官は、所論のとおり、事件の約一か月後Aを透視鏡越しに少年に面通しさせ、その際、少年に事件当時犯人が着ていた物に似た色の物を含む三通りの色のジャンパーを着替えさせていることが認められ、かかる単独面通しとその具体的有り様によっては所論指摘のような不当な暗示を与える恐れがあるが、これまでの認定事実からして明らかなように、いきなり右のような少年単独の面通しが行われたものではなく、事情聴取、次いで、写真面割り、そのうえで補充捜査を尽くし、最終的に写真面割りの結果の正確性の確認を目的にして右のような単独面通しが実施されたものであることに照らすと、その結果の信用性に疑念を差し挟むようなものではなかったということができる。

以上によれば、Aの前記犯人識別供述部分にはその信用性に疑いを差し挟むような事情はなく、十分信用できるものということができる。

なお、更に所論は、少年のアリバイに関する原決定の判断を著しく不自然な推理と非常識な発想に基づいているとも論難するので検討すると、この点に関する少年の供述ないし陳述の要旨は、具体的にその日の朝スーパーに買い物に行ったかどうか記憶にないが、当時は毎日朝スーパーに行っていた、また、午前七時五〇分ころはいつも自宅で朝食をとっている時間なので事件のあった日も自宅で食事をしていたと思うというものであり、少年の養父と実母の旧原裁判所での証人としての各証言並びに実母の平成五年一月二一日の家庭裁判所調査官と捜査官に対する各供述内容及び同年二月二二日の家庭裁判所調査官に対する供述内容によれば、要するに、当日の朝八時前の少年の行動については明確な記憶はないというのであって、少年並びに養父及び実母のいずれの供述もアリバイ供述といえる程の具体性も信用性も有しないことが明らかである。

以上の次第で、原決定に所論の事実誤認はない(なお、原決定書一丁裏一三行目中「劣情を催し、強いて」とあるのは、「劣情を催し、同女が一三歳未満であることを知りながら強いて」の誤記と認める。)。

次に、被害者Bに対する強制わいせつ未遂事件について検討する。

所論は、Bの捜査官に対する供述調書中犯人識別供述部分は、Aの場合以上に目撃時間が短いうえ、無意識的に犯人をその視覚に捉えていただけに過ぎず、そこに誤謬が介在している可能性が極めて大きいこと、このことは被害当日Bが犯人の容貌上の特徴として述べた内容が断片的な情報に過ぎないことからしても窺い知ることができることなどに照らし、信用性がないと主張する。

そこで、まず目撃状況についてみると、記録によれば、当時一二歳と約一〇か月になる中学校一年生のBが犯人の顔を見る機会があったのは、当日学校からの帰宅途中、三階に自宅のある被害現場ビル一階でエレベーターに乗り込んだときの一回だけであり、その状況も、Bがエレベーターに乗ろうとした際、自分から見て右手方向にある同ビル入口から若い男の人が一人入って来るのを見たので同人も乗るのだろうと考え、先に乗り込んだエレベーター内でドアを開けたままにしておくボタンを押していたところ、同人がすぐ乗ってきた、このような場合普通なら後から乗り込んで来た人に降りる階を聞くのだが、この男が黙っていて、暗くて怪しい感じだったことから何も聞かず、自分が降りる三階のボタンを押して出入口近くに立っていた、すると、男が黙ったまま六階のボタンを押してからエレベーターの一番奥の真ん中付近に立っていたというものであったことが認められ、これによれば、Bが犯人の顔を見ることのできた時間はわずか一、二秒程度であるうえ、右のようなことは日常よくある出来事であって、Bをしてその男の容貌等に特別の注意を払わせるような情況にはなかったものということができる。現に、事件の一〇数分後Bから事情を聞いたその父親が一一〇番通報しているが、その内容は、簡単な被害状況のほか、「犯人は二〇から三〇歳位の男で、身長は一五五から一六〇位の小太りで丸顔だったそうです。」というものであり、Bが同通報の直後に父親にした説明内容及び間もなく駆けつけた警察官に申告した犯人像も、年齢、身長及び少し肥えていて丸顔であった点について右同様の説明をしたほか、「服は上がトレーナーみたいな服を着ていて、色は覚えていない、ズボンの色も覚えていない、靴ははっきりわからない、眼鏡はかけていなかった、知らない人」という程度のものであり、眼鏡をかけていなかったこと以外その顔面、頭髪などに関する鮮明で具体的な印象、記憶のなかったこと、B自身も旧原裁判所の証人尋問において、犯人の男の顔を見る機会はほんの一瞬だったこと、そのためしっかりとは見ていなかったことを肯定していることからしても明らかであって、Bが犯人を現認する条件は極めて悪かったものである。また、Bの年齢及びその観察能力に格別の障害がなかったことからして、その記憶に残るほど犯人の顔面等を注視したことがあったならば、当然記憶に残っていて申告されるべき犯人の顔面、頭髪上の特徴などがその識別供述には殆ど出てきていないことからも右の事実が裏付けられているということができる。したがって、Bの前記犯人識別供述部分には犯人観察の正確性に疑いをいれる余地が大きいといわざるを得ない。

次に、その後のBの犯人に関する供述内容を時系列にしたがってみると、記録によれば、警察官に事情を聴取され、調書化された平成五年一月一七日には、犯人の身長、丸顔、眼鏡、服装、靴について前同様の供述をしたほか、犯人の頭髪に関し、「髪は四、五センチメートルでボサボサ髪であった。」と述べ、写真面割り用の写真のうち少年のそれを取り出し、「髪はもっとボサボサしていたが、顔はこの人でした。目や鼻、口に見覚えがある。」と供述し、更に少年との面通しのあった同月一九日には前記身長、頭髪の状況、丸顔及び眼鏡の点について前同様に述べたほか、「目が細いほうである。」と付け加え、再度少年を犯人であると断定したこと、さらに、同年三月二日の旧原裁判所の審判期日における証人尋問の際には、Bの司法警察員に対する同年一月一七日付供述調書添付番号5の写真の人が犯人であると思うポイントはその眉にあると証言したことが認められ、これらBの供述ないし証言によれば、本件の犯人が少年であると認める余地がないわけではない。しかし、旧原裁判所におけるBの証言によれば、Bは前記一月一七日のほか本件被害当日にも写真面割りを受けているところ、そのときには前記供述調書添付番号3と5の写真を含む五枚以上の写真を見せられたこと、そのときは右3と5の写真が最終的に残ってそのいずれかを絞り込むことができなかったこと、そして、二回目の写真面割りを受けた右一月一七日にはその髪型などを理由にして5の写真の人物が犯人であると思った(Bのこの間の経緯に関する証言内容は説明不足で右認定と異なり、旧原決定のように初回の写真面割りの時点で髪型をポイントにして右5の写真の人物を犯人であると指摘したと解する余地もないではないが、その前後の文脈と証言内容及びBの前記一月一七日付供述調書の内容等に徴し、Bにおいて、5の写真の人すなわち少年が犯人であると断定したのは、右一月一七日における写真面割りの際であると認めるのが相当である。)というものであり、これによれば、Bは被害当日似たような特徴を持つ前記3と5の写真に写っている人物についていずれが犯人であるのかを決め兼ねたこと、その後被害から九日経過した日に行われた写真面割りにおいてはそれまで犯人の特徴として全く触れることのなかった髪型などを理由にして、またその二日後行われた単独面通しにおいては犯人の目が細い方であったことを付け加えて、更に事件から約二か月後の証言時においてはこれまたそれまで犯人の特徴として触れることのなかった眉がポイントであるとして、それぞれ少年を犯人であると断定しているのである。つまり、少し伸ばした髪にパーマをかけ、フォワーとした感じになっている少年の写真を見せられた後には、「犯人は、髪は四、五センチメートルでボサボサ髪であった。」と、少年との面通しのあった後には、「目が細いほうである。」と、更に少年と対面する機会のあった証言時には前記5の写真の人が犯人であると思うポイントは眉であるというように明らかにその犯人識別供述の内容が詳細に、しかも、少年の持つ顔面、頭髪の特徴に沿うものに変化しているのである。この間の経緯は、当時の捜査状況を考慮するとなお一層明確になる。すなわち、Bに対する事件が発生した当時これを担当するK中央警察署は、既にみたとおり、Aに対する強制わいせつ未遂事件でその犯人が同種前歴を持つ少年であるとの容疑を固め、その裏付け捜査を行っていた時期であること、同じ捜査官が双方の事件の捜査に従事していたこともあって、B関係の捜査を担当する捜査官においても同種事件の被害に遇ったAが犯人の特徴としてその髪型がフォワーとした感じであると述べ、また当時少年がそのような髪型をしているのを現認している警察官がいたことも知悉していたことなどからして、B関係事件の担当捜査官が当初から少年の犯行ではないかとの強い疑いを持って捜査を進めていったことを窺い知ることができる。以上の諸事情に加えて、前示のとおり、そもそもBの犯人観察の正確性には疑いをいれる余地が大きいことを総合すると、Bは、警察の事情聴取とその機会における写真面割り、少年との面通し、証言時における少年との対面という機会に、意識的ないし無意識的な暗示を受けるなどした結果、その都度記憶が変容し、犯人像をより少年に近いものに固定化させていった疑いを払拭し去ることは難しく、Bの捜査官に対する各犯人識別供述及び旧原裁判所における証言のうち犯人と少年との同一性に関する部分には犯人が少年であると断定するまでの信用性を認めるのは困難である。

次に、少年のB関係での捜査官に対する自白調書の任意性についてみると、当裁判所も、少年がAに対する強制わいせつ未遂事件について自白するに至った経緯、少年が特定の警察官に対してのみ自白し、それ以外の警察官には自白していないこと、のみならず検察官の取調べや裁判官の勾留質問には一貫して否認していること、にも拘わらず、右特定の警察官の面前でのみ自白する原因、理由が全く明らかにされていないこと、自白を得た捜査官の取調べ状況に関する証言などに徴し、少年がA関係での取調べ警察官からその供述の任意性に影響を及ぼすような方法で取り調べられたことから自白し、その影響を受けたまま、B関係の取調べにおいても自白するに至ったものであって、その自白には任意性に疑いが残り、本件事実認定の用には供しえないものと判断する。

してみると、他に犯人と少年との同一性を肯定するに足りる証拠のない本件においては少年がBに対し原決定のような強制わいせつ未遂の犯行に及んだと断定することまではできず、これを認めた原決定には事実誤認の違法が認められる。

そこで、更に右違法が原決定に影響を及ぼすものであるのか否かについて検討を進める。

少年が犯した各窃盗及びAに対する強制わいせつ未遂事件は、いずれもその動機、原因が自己中心的であり、態様も悪質なうえ、結果も看過し難いものがある、とりわけAに対する強制わいせつ未遂事件は、抵抗力のない少女を対象とし、都会における盲点ともいうべきビル内のエレベーターや階段の踊り場で敢行されたまことに卑劣で憎むべき犯行であること、しかも、少年は、右強制わいせつ未遂と同様の手口、態様の強制わいせつ事件などを起こしたことで中等少年院に送致され、約一年間にわたる教育を受けた後仮退院し、保護観察官ないし保護司の指導、援助を受けながら社会生活を送り始めながら、約一か月後には本件各窃盗を犯して身柄を拘束され、実母や附添人らの努力によって漸く試験観察の機会を得たのに、少年鑑別所を出たわずか一週間後に前記Aに対する強制わいせつ未遂の犯行に及んだものであること、少年は、共感性に乏しく、思考が固く、不満が蓄積しやすいうえ、精神的忍耐力が弱い反面強い衝動性を持つといった資質上の根深い問題があり、それが前回の少年院における教育で改善されたとはいい難いことなどに照らすと、もはや在宅処遇の余地はなく、施設に収容して専門的、かつ長期の教育を施すことがその健全な発展には必要であると認められるから、結局のところ、前記事実誤認の違法は少年を中等少年院に送致した原決定(の主文)に影響を及ぼさないといわざるを得ない。論旨は理由がない。

よって、本件抗告は理由がないことに帰するから、少年法三三条一項後段、少年審判規則五〇条により棄却することとし、主文のとおり決定する。

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